なぜ自分史を書くのか

書く冒険への誘い

なぜ自分史を書くのか

自分史を書く001

過去はどこにあると思いますか?

どこにもないですよね。あるとしたら思い出の中、記憶の中です。では、思い出や記憶はいつ生まれるのでしょう? それは「過去だろう」という人が多いでしょうけど、実は現在生まれているものです。

「そんなことあるわけない」と多くの人が思うのは知っています。「過去があって、そこで思い出や記憶は生まれます」と多くの人が思い込んでいます。常識的に答えるならそれでいいでしょう。でも実は、思い出も記憶も、いま新たに生まれているのです。

なぜそうなのかは、自分史を丁寧に書いていくといつか理解できるでしょう。でも、考えるきっかけとして、簡単な例をここに書きますね。

とても仲良く付き合っている恋人Aがいたとしましょう。きっとその人の好きなものをあなたも好きになるでしょう。Aはバイクが好きだったとしましょう。するときっとあなたもバイクが好きになる。バイクに乗せてもらったり、一緒にツーリングに行くかもしれません。そのとき思い出すバイクの思い出はきっと楽しいことが多いでしょう。

ところが、その恋人と別れてしまったとしましょう。すると、バイクの思い出は、楽しいものというよりは、少々うれいを含んだものになるかもしれません。もちろん、あなたのバイク好きが高じて、Aと一緒にいたときの思い出はうれいのあるものでも、ほかにたくさん楽しい思い出を作っているかもしれませんね。だから、バイクの思い出すべてがうれいのあるものになるかどうかはあなた次第でしょう。

それから何年もたって、ふとAとのことを思い出すことがあるかもしれません。そのときの感情はどんなものでしょう?

もちろん人によって違いはあるでしょうけど、こんな風に変化したとしても不思議ではないですよね。

Aと付き合っていたときは楽しかった思い出が、別れたばかりでは「嫌なこと」「悲しいこと」となり、それからしばらくして懐かしいこととして思い出すとき、また自分の感情が変化している。

つまり思い出は、思い出すときの状況や状態によって、少し違って見えるのです。

日記を毎日のように付けている人はきっと似た経験があると思います。ある出来事について、いま抱いている感情と、かつて感じた感情が違うことがあるということを。

「そんな違いを知ってどうするの?」とあなたは思うかもしれません。ところが、それを知るといいことがあるのです。それがどんなことかは、人によって違います。ここが説明のしにくいところです。しかも実際にそれを体験するまで、意味がわかりません。あえていうとするなら、「自分の心の声を聞きやすくなる」ということでしょう。

大人になればなるほど、いろんな常識の枠にとらわれるようになります。その枠に気づくためのステップのひとつが、過去と今の感覚の違いを知ることです。これを知るのはあまり簡単なことではありません。このようなことを深く知っていくことで、いつか自分がつけている、またはつけられてしまった枠に気づくようになるでしょう。

その枠は、「自分が誰か」を知るきっかけになるでしょう。

「自分が誰か」は、あなたが一番よく知っていると思いますが、内側に眠っている何かは、あなたが掘り起こさない限り誰にも見つけられません。

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