書いたら瞑想

書く冒険への誘い

書いたら瞑想

文章を書くとすっきりすることもあるけど、まだ何か言い足りてないという感覚になることもあります。そんなときは瞑想をするといいですよ。多人数でワークとしてやるときは、必ず講座の最後に誘導瞑想をします。静かな音楽をかけて、僕が誘導します。いろんな思いが浮上しては消えていきます。

こうするにはいろんな意味があります。ただ、それらの意味は科学的真実ではありません。僕の内側に生まれてきた意味です。きっとあなたの心にも書いたあとに瞑想する意味が、これを実践することで生まれてくるでしょう。あなたにとっての意味をすくいあげてください。僕にとっての瞑想の意味は、僕のBlogや『日刊 気持ちいいもの』のバックナンバーに入っています。ただし、それはあくまでも僕の意味であって、あなたの意味となるかどうかはわかりません。ヒントになるかもしれませんが、あくまでもヒントです。あなたはあなたの意味を見いだしてください。

瞑想は静かな場所でやっても良いし、頭を落ち着けるために静かな音楽を聴いても良いでしょう。

瞑想用の音楽を作りました。静かにかけて瞑想するといいでしょう。瞑想の状態を邪魔しないように作ったつもりですけど、人によって邪魔に感じる人もいるでしょう。そういう人は聞かないでください。この音楽をかけて瞑想して、いい調子であればそれを続ければいいし、よくないのであればやめてください。

こちらにある「たゆとい」という曲です。

ここにある「Lipolipo」という曲は、場を整えるための曲。これを聞きながら文章を書いてもいいし、瞑想する前に部屋を整えるときにかけてもいいでしょう。

ただし、僕がこう書いたからと言って、そうしなければならないというわけではありません。あなたが使いたいように使って下さい。

瞑想して思い浮かんだことは、そのまま味わってください。思い浮かんだことを忘れようとしたり、思い浮かんだことが事実と違うからと違うことをイメージしようとしたり、そういうことはしなくて結構です。ただそのまま、あるがままを受け取ってください。

瞑想をしたら、何を感じたのか言葉にしてみてください。文章に書くのでもいいし、誰かとお話するのでもいいでしょう。僕はやったことがないけど、瞑想日記をつけると面白いかもしれません。瞑想で見ることは矛盾していることがよくあります。それを文章にすると矛盾しているから変な文章になったりすることがあります。そのときはそのまま、変な文章にしておけばいいのです。あなたの心は理屈だけでは動いていません。自由にさせてあげるのが大切です。絵を描きたい人は絵を描けばいい。歌いたくなったら歌えばいい。踊りたい人は踊ればいい。

こうして出てくる表現は、上手とか下手とか評価しないでください。はじめて絵を描いた人がいたとして、その絵がうまいというのはまず珍しいものです。そのような作品は命の輝きがそこにあるかどうかで見てあげるといいでしょう。何かに感動して書いたり、歌ったり、踊ったりすると、命の輝きがそこに宿るものです。遠慮しておずおずとやっていると命の輝きは宿りません。それはうまいかへたかとは別の次元にあることです。多くの人は「うまいかへたか」の評価に慣れてしまっていて、そこに命の輝きが宿っているかどうかとは見ないものです。そういう見方をしなかった人は、その見方をしてみるといいでしょう。たとえば、何かに深く感動した歌手が泣けてしまって歌えないことがあります。そのときの歌はきっと普段より下手でしょう。だけど、ぼくらの心を揺さぶってくれます。

瞑想で見た内容を忘れてしまうのであれば、無理に表現する必要はありません。忘れるだけでも意味があるものです。その意味はのちのちわかってくるかもしれません。

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