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誰かに言葉をプレゼントしたことがありますか?

プレゼントとして言葉を上げようとすると、いろんなことに気づきます。

下手に上げると皮肉になったり、相手がそれをプレゼントだとは思えなかったりするものです。

もしあなたが、誰かに言葉をプレゼントするとしたら、どんな言葉になるのか考えてみて下さい。

いろんなことに気づきますよ。

そしてもし、自信があったら、実際にその言葉をプレゼントしてみて下さい。

そのことを通じて、あなたはどんな教訓を得るでしょう?

拙著『ヒーリング・ライティング』を書いたとき、「言葉のプレゼント」という概念を作りました。

与える相手が元気づけられる言葉のこと。だけど、それは簡単にできることではありません。相手の状況をよく知らないと、同じ言葉でもちっともプレゼントにならないことがあります。それについて考えれば考えるほど難しくなります。そこで「言葉の栄養」について考えてみました。これも架空の概念です。

言葉がこころの栄養になるとしたら、どういう作用で栄養になるのか?

これも考えれば考えるほど、難しくなっていきます。人によってまったく異なるからです。ところが、腸内フローラという概念に触れてなるほどと思いました。食べ物の栄養も、実は腸内フローラによって効果的であったり、非効果的であったりするのです。言葉もそれに似ています。

つまり言葉を発する人の環境と、言葉を受け取る人の環境が相互反応して言葉の意味の深いところを生み出していきます。この深みはすべての人に理解できるものではありません。発する人に生まれた深みと受け取る人に生まれた深みもまた異なるものになるのです。それでも僕たちは言葉を使って共感を生み出そうとします。

共感はまったく同じもののように見えて、実は同じものではないのです。共感自体わずかに異なるものなのでしょう。しかし、共感の響きは、わずかな違いがあっても共鳴できる者同士は共鳴していくのです。

ある程度大雑把であることも大切なことなのです。

言葉の栄養をたくさん摂るためには、言葉に関してよく考えた上で、多様性をたくさん受け入れられるように鷹揚でいることがいいようです。そうした状態にいることで、自ら発する言葉にも多様性が含まれるようになっていくのでしょう。


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