言葉と私 Step7 内語についての考察
こんにちは、つなぶちです。
内語という概念に気がつくと、どうしてもそれを支配したいというか、操作したくなるのが人情でしょう。しかし、操作しようとすることによって内語は自由を失います。内語は自由にしておかなければなりません。なぜなら内語が自由であるからこそ、人間は言語の自由を得られたと考えられるからです。
言語のようなものを使っている動物はいくつか知られています。まず象。動物学者の研究によって70程度の単語が認められているそうです。しかし、人間の言葉と大きく違うのは文法を持たないことです。単語だけの意味のやりとりをしている動物はほかにもいるようですが、認知できるほとんどのものに名前を付けるのは人間だけです。動物は「言葉を持っている」と言っても「単語を使うだけ」で、しかも「あらゆるものに名前を与える」わけではありません。
つまり人間は、あらゆるものに名前を付け、微妙なニュアンスを文法を駆使することで生み続ける種族といえます。だからこそ、他の動物が生み出すことのなかった様々なものを作り続けるのです。感情もその様々なもののひとつです。
動物は生存のために情動のようなものを与えられたと言えるでしょう。「食欲」「性欲」「安全欲求」などは生きるために必要な情動でした。それらは古い皮質にあるものです。その上に新しい皮質が加わり、それまでにはない感情が生まれてきます。たとえば犬ではリーダーに従順に従う能力はここに生まれたと考えられます。同様に人間にはこの新しい皮質、前頭葉に言語野が生まれました。
言語は様々なものを区別していきます。そのために古い皮質に生まれる情動も区別して従わせようとします。もともと分化が曖昧だった情動は言語によって様々に分化させられていきます。たとえば喉が渇いて水が飲みたいとか、空腹で何か食べたいとか、その程度しか分かれていなかっただろう食欲は、栄養学の知識によって細分化されます。栄養学の知識によって適切なものが食べられるようになった一方で、適切なものが食べられなかった場合にはストレスがかかるようになります。食に関するストレスの一部はもしかしたら栄養学の知識がなければかからずに済んだものかもしれません。
こう書くと「栄養学のせいでストレスが生まれた」と感じる人もいるでしょう。そのような側面ももちろんありますが、正しい栄養学の知識によって健康が保てるようになったのも確かなことです。このように考えていくことによって、人間はどんどんと考えを細分化し、さらにいいもの、進んだものを生み出そうとします。それは一方で負の価値も生み、進んでいくのです。内語がたくさん働くというのは、私の内側でそのような作業をしていると言うことです。だから、内語がたくさん生まれるというのは一方でいいことなのです。しかし、一方で負の価値も生む可能性をはらむと言うことです。負の価値が内語に生まれたら、それは可能性のひとつの表現であることを知っていてください。そして、考えに考えを重ねて時間を過ごす必要性を断つことが瞑想をすることによって可能になります。瞑想ははじめのうちは時間のかかることですが、慣れるとその状態に短時間で入ることができます。そうなることによって能率が上がるのです。
ついでに瞑想の効能について言いますと、考えることはステップをひとつひとつ登るようにして考えていきます。しかし、一瞬にして何かを感じる感覚は考えることで生まれるのではなく、感じることによって一瞬にしてある思考や感覚に至ります。瞑想していると、そのような思考や感覚のリープ(飛躍)が起こりやすくなります。
もともと脳の作用は一瞬にして何かを想起させるものでした。しかし、その想起は個体内で起こることで、他の個体に伝える手段ではありません。他の個体に伝えるのは言語です。人間は言語を生み出すことでそれを可能にしました。ところが言語に頼るようになると、個体内に生まれる一瞬の想起も説明しなければならないようになってきたのです。たとえば僕にリンゴをかじると思い出す出来事があるとします。そのことは僕の中では「そういうもの」と思えばそれで済みますが、一度言葉にして誰かにそれを伝えると、多くの人は「なぜそんなことを思い出すのか」と疑問を持つでしょう。それを説明しなければならなくなった場合、丁寧に思考のリープをあとづけで考え、説明していかなければなりません。その説明ができないと、他人にとってそんな話しはまったく意味のない話になります。他人にとって意味のない話は、多くの人にとっても意味のない話になり、その様を見て自分にとっても意味のないことのように思ってしまうのです。
こうして言語が生まれることで私は、自分の感覚からも疎外されていくことになります。しかし、瞑想することによって内側にある感覚や内語を浮上させるうちに、その存在をしっかりと把握することで、次第に分別がつくようになります。そこで生まれる気づきが、あなたにとって価値があることに安心していられるようになるでしょう。
このように考えていくことで内語にさらに自由を与えると、内語を支配するとかしないとか、そんな考えさえ持つ必要がなくなっていきます。
では、また。

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